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今日は何の日?

2010.03.10/Wed/10:06:42

今日は何の日?








朝テレビを見ていると、3月10日ということで
「サボテンの日」とか「ミントの日」だそうだ・・・。








嫁千晶(41歳、和田島出身)に聞くと
「今日は松田聖子の誕生日だろ?」
と言い放った・・・。














今日は・・・「東京大空襲があった日」
である。













昭和20年3月9日22:30警戒警報発令、二機のB29が東京上空に飛来して房総沖に退去したと見せかけ、都民が安心した10日00:08に第一弾が投下された。

東部軍管区司令部はまだ気付いておらず、当然ながら空襲警報も鳴らない。
00:15空襲警報発令、それから約二時間半にわたって波状絨毯爆撃が行われた。
 
各機平均6トン以上の焼夷弾を搭載した344機のB29の大群が、房総半島沖合から単機または数機に分散して低高度で東京の下町に浸入した。


都民の虚をついて来襲したB29の大編隊は、低空からアルミの細片をばら撒いて日本軍の電波探知機を無能にし、機体を捉えたサーチライトには機銃掃射を浴びせかけた。



B29の先発部隊が江東区・墨田区・台東区にまたがる40k㎡の周囲にナパーム製高性能焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民を猛火の中に閉じ込めて退路を断った。



その後から約100万発(2,000トン)もの油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン(高温・発火式)焼夷弾が投下され、逃げ惑う市民には超低空のB-29から機銃掃射が浴びせられた。
 


折から風速30mの強風が吹き荒れて火勢を一層激しいものにし、火の玉のような火の粉が舞い踊り、強風に捲かれた炎が川面を舐めるように駆け抜け、直接戦争とは関係の無い一般市民は次第に狭まってくる火の壁の中を逃げまどいながら、性別も判らないような一塊の炭と化すまで焼き尽くされた。








こんな、人を人と思わないような残虐な方法で
一夜にして10万人以上の日本人が、しかも民間人が
大量虐殺されたのだ。





8月6日の広島、8月9日の長崎への原爆投下に
匹敵するような極悪非道な大虐殺が、65年前の今日東京で行われたのだ。




今も昔も、戦争と言うのは、軍人と軍人
戦闘員同士の戦いである。
民間人への攻撃など認められていない。





ではなぜこのような攻撃を行ったのか?











当時の米国政府、そして米軍指揮官の論理と言うのは
以下の通りである。






本土空襲の指揮を取っていたカーチス・E・ルメイ将軍は、
明かに非戦闘員を狙ったとする批判に対して、
戦後の回想記のなかで次の様に述べている。


私は日本の民間人を殺したのではない。
日本の軍需工場を破壊していたのだ。

日本の都市の民家は全て軍需工場だった。
ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを
作っていた。
木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっていたの
だ。これをやっつけて何が悪いのか…。」


カーチス・E・ルメイ将軍は、グアム島在米爆撃隊司令として、
広島・長崎に投下された原子爆弾にも深く係っていた。
 


昭和39年、日本政府は「日本の航空自衛隊の育成に協力した」
との理由から、カーチス・E・ルメイ将軍に対して勲一等旭日大綬章を贈っている。



時の総理大臣は、後にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作だった。








こんな子供だましの論理で世論を誘導し、正当化していたのだ。







僕の母方の祖父は軍人であったが、戦死はしていない。

また、空襲で殺された先祖もいない。




しかし、我々日本人の祖先に対して、このような行為を
行った国に対しては、憤りを感じずにいられない。





「反米」というのは、日本人の作法ではないだろうか、と思う。



いつまでも恨みを抱いてはいけない、
我々の世代は我々で新しい関係をつくらなければいけない、
仲良く手を結ばなければいけない、
平和な社会を築かなければいけない、とはもちろん思う。





しかし、いつまでも忘れてはいけない・・・
と強く思う。







合掌、そして感謝   泰地 孝志

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